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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20347号 判決

原告

株式会社住宅ローンサービス

右代表者代表取締役

浅野寛雄

右訴訟代理人弁護士

尾﨑昭夫

額田洋一

川上泰三

新保義隆

被告

後藤幸雄

後藤愛子

被告ら訴訟代理人弁護士

三輪泰二

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自金一六七四万三五七四円及びうち金一六六二万〇五八二円に対する昭和五八年二月九日から支払済みまで年一四パーセントの割合(年三六五日の日割計算)による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和五四年五月二三日、被告後藤幸雄(以下「被告幸雄」という。)に対し、左記の約定で金一八〇〇万円を貸し渡した(以下「本件消費貸借契約」という。)。

(一) 返済期限

昭和七四年六月八日

(二) 利息

月0.74パーセントの割合

(三) 返済方法

元利均等月賦返済方式

昭和五四年七月八日から毎月八日限り各金一六万〇五六三円(ただし、初回は金一九万七四五六円、最終回は金一六万〇九八五円)

(四) 損害金 年一四パーセントの割合(年三六五日の日割計算)

(五) 特約 返済を一回でも遅滞した場合は、当然に期限の利益を喪失する。

2  被告後藤愛子(以下「被告愛子」という。)は、昭和五四年五月二三日、原告に対し、被告幸雄の本件消費貸借契約に基づく債務を連帯して保証する旨約した(以下「本件連帯保証契約」という。)。

3  被告幸雄は、昭和五八年二月八日に返済すべき金員の支払をしなかったため、同日の経過により期限の利益を喪失した。

4  よって、原告は、被告らに対し、被告幸雄については本件消費貸借契約に基づき、被告愛子については本件連帯保証契約に基づき、各自未払元金一六六二万〇五八二円及び未払利息金一二万二九九二円(昭和五八年一月九日から同年二月八日までの分)並びに右元金一六六二万〇五八二円に対する昭和五八年二月九日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

請求原因事実はすべて否認する。

三  被告らの主張

本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約は、原告が、訴外末広商事株式会社(以下「末広商事」という。)に対して融資をするに際し、末広商事に対する別件融資が実行済みのためこれ以上その名義で融資をすることが困難であったことから、被告らが名義を貸したものにすぎない。

原告において本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約を締結した横浜支店の当時の支店長訴外熊岡醇(以下「訴外熊岡」という。)は右事情を熟知していたものであり、訴外熊岡及び末広商事の実質的経営者である訴外園川秩夫(以下「訴外園川」という。)は、同種の名義貸し及び担保評価水増しに係る特別背任罪で起訴され有罪判決が確定している(本件は、担保評価水増しの点について立証困難であったため、起訴を免れたにすぎない。)。

右のとおり、本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約は単なる名義貸しの事案に比して違法性が高いものであるから、被告らは契約上の責任を負わないというべきである。

四  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

被告らの主張は争う。

原告及び訴外熊岡は本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約が被告らの名義貸しによるものであることを知らなかった。

また、およそ、金銭消費貸借契約において自己の名義を使用することを許諾して名義上の借主となった者は、貸主の知不知にかかわらず、契約当事者としての責任は免れないと解すべきである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一関係証拠(認定事実末尾に記載)によれば、以下の各事実が認められる(4に認定の事実については、後記二1参照)。

1  訴外熊岡は、昭和五二年一〇月から昭和五六年八月までの間、原告の横浜支店長の職にあり、住宅、土地の購入等の資金に充てるため一定の金額(昭和五二年一〇月二四日から昭和五四年四月一日までの間は金二〇〇〇万円、同月二日からは金四〇〇〇万円)以内の住宅ローンの貸付けを決裁して実行する権限を有していた。

(〈書証番号略〉)

2  訴外園川は、昭和五三年六月ころから末広商事の実質的経営者として金融業を営み事業資金として低利の融資を求めていたが、同年一〇月ころ、かねてから「原告横浜支店に知人がいるので、簡単に貸付けが受けられる。」旨述べていた訴外深瀬光三(以下「訴外深瀬」という。)から訴外熊岡の紹介を受け、訴外熊岡の示唆により、末広商事の社員二名の名義を借りた上、自己を含め三名で神奈川県逗子市所在の土地を共同購入したこととして(真実は訴外園川が金一二〇〇万円で単独購入したもの)、原告に対し、各金二〇〇〇万円(訴外熊岡単独での決裁可能限度額)合計金六〇〇〇万円の住宅ローンの貸付けを申し込み、訴外熊岡は、融資残高を増やして支店長としての自己の業績を挙げて栄進したいとの考えから、名義貸しの事実を黙認し、かつ、十分な担保評価調査をすることなく右貸付けの決裁を承認した。

訴外園川及び訴外深瀬は、その後、同様の方法で適当な不動産を入手し他人の名義を借りた上、原告横浜支店から右不動産を担保としてその担保価値を大幅に上回る融資を受けることを企て、昭和五三年一一月から昭和五四年五月までの間、六回にわたり、合計二九名の名義を借りて合計金五億四八三〇万円の住宅ローンの貸付けを申し込み、訴外熊岡は、その都度、これを黙認して貸付けの決裁を承認した(なお、訴外熊岡、訴外園川及び訴外深瀬の三名は、右六件の貸付けについて特別背任罪により有罪判決を受けた。)。

金融業を営んでいた訴外後藤忍(以下「訴外後藤」という。)は、知り合いであった訴外園川の依頼を受け、右六件の貸付けのうち二件について、自ら名義貸しをしたほか名義貸しをする五名の者を紹介した。そして、訴外後藤の紹介に係る者のうち訴外森英子が、名義貸しによる契約締結に際し、自己の責任の有無について明らかにならなければ契約書に押印できない旨述べたのに対し、訴外熊岡は名義貸しをした者に責任はない旨答えた。

そして、訴外熊岡は、訴外園川及び訴外深瀬から、右のような便宜を図った謝礼として複数回にわたり金品の贈与を受けたり、酒食の接待を受けたりした。

(〈書証番号略〉、証人後藤忍の証言)

3  訴外園川は、昭和五四年五月ころ、静岡県沼津市所在の土地建物(土地については分筆されたもの。なお、分筆に係るその余の部分については、真の所有者たる訴外古屋高明が、本件と同時に、これを他の建物とともに担保として原告から金一八〇〇万円の住宅ローンの貸付けをうけた。)を担保として他人名義で融資を受けることを企て、訴外後藤に名義を貸してくれる者の紹介を依頼した。

訴外後藤は、兄である被告幸雄に対し、末広商事が経済的実質的な借主であること、末広商事に対しては既に貸付済みであり貸付金額との関係で被告幸雄の名義が必要であること等を説明した上で、迷惑を掛けないから住宅ローンの貸付けを受けるために名義を貸してほしい旨依頼したところ、被告幸雄は、長期ローンであり不安もあったが担保があるというので、これを承諾した。

(〈書証番号略〉、証人後藤忍の証言)

4  被告幸雄は、昭和五四年五月二三日、原告横浜支店へ自己及び妻である被告愛子の印鑑登録証明書を持って赴き、被告らが前記沼津市所在の土地建物を購入することを仮装し、このために被告幸雄が金一八〇〇万円の住宅ローンの貸付けを受け被告愛子がこれを連帯保証する旨の「金銭消費貸借契約および抵当権設定契約書」の作成その他必要な手続をした。

訴外熊岡は、右契約書作成時、訴外園川及び訴外後藤と同席して話をしたが、その際、訴外後藤から名義貸しをした者には責任はないことの確認を求められたのに対し責任はない旨述べ、訴外園川から謝礼物品の贈与を受けた。

(〈書証番号略〉、証人後藤忍の証言)

5  原告横浜支店では、担当者において、借入申込書記載事項については、被告幸雄に架電し、連帯保証人(被告愛子を含め二名)については、被告愛子はパートに出ている旨のみを聴取し、さらに、担保とすべき土地建物については、静岡県所在の銀行に調査を委託するなどの査定をし、被告幸雄の年収が貸付金額との関係で原告の内規に不足するにもかかわらず最終的に訴外熊岡の決裁を経た上で貸付けを実行することとした。

(〈書証番号略〉)

二1  被告らは、本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約は名義貸しによるものであり、原告横浜支店長である訴外熊岡がこのことについて悪意であるから、被告らが契約上の責任を負うことはない旨主張する。

そして、右一に認定のとおり、本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約は被告らの名義貸しによるものであり、訴外熊岡はこのことについて悪意であった事実を認めることができ、右認定に反する訴外園川、訴外熊岡及び訴外後藤の各証人尋問調書(〈書証番号略〉。いずれも本件消費貸借契約の担保とされた土地建物に関する別訴における証人尋問調書)中の記載部分は、右一の2及び3に認定の本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約締結に至る経緯、本件に関する右各人の刑事責任追及の可能性、訴外後藤の検察官に対する供述調書(〈書証番号略〉)中の「訴外熊岡は名義貸しなら名義貸しでよい等の発言をした。」旨の記載部分及び証人後藤忍の「訴外熊岡は悪意であった。別訴においては原告に迷惑を掛けない方向で証言した。」旨の証言に照らし、にわかに措信し難い(なお、証人後藤の証言によれば、被告幸雄は、本件消費貸借契約に関する契約書作成等のため原告横浜支店に赴いた際、訴外後藤から「余分なことを言うな。」旨指示され、本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約が名義貸しによるものであることについて黙していた事実が認められるが、右指示は、原告の善意の査定担当者等に名義貸しの事実が発覚することを懸念してのものと推測され、これにより訴外熊岡が名義貸しについて悪意であった旨の認定を覆すことは困難である。)。

2 ところで、金銭消費貸借契約の借主がいわゆる名義貸しによるものであり、貸主がこのことについて悪意である場合、一律に名義上の借主が契約上の責任を免れると解することは相当ではなく、その責任の有無については、名義貸しに至った貸主側、借主側双方の事情に照らし、当該契約において名義上の借主が経済的効果を享受しないにもかかわらず敢えて当事者として出現したことが法的効果を自己に帰属させる趣旨のものであったか否かを判断する必要がある。けだし、例えば、経済的実質的に融資を受ける者が十分な信用を有しない場合に、信用を有する者がいわば保証人的な意味で敢えて名義上の借主となって金銭消費貸借契約を締結する等名義上の借主固有の事情に着目して名義貸しがされる事例は多く見受けられるところ、このような事例において、名義上の借主が、経済的実質的に利益を受けていないこと及び貸主がこのことについて悪意であることを理由として、契約上の責任を免れることを認めることは、当事者の意思に反するものであり、ひいては、信用が十分でない者がこのような形式において融資を受けることを不可能ならしめるからである。

3  これを本件についてみるに、前一に認定の事実によれば、貸主側においては、原告における本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約の最終的決裁権者は訴外熊岡であり、訴外熊岡の悪意は原告の悪意として評価すべきところ、① 本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約において、被告らの名義が使用されたのは、専ら貸付限度額という原告の内部的制約を潜脱することに端を発するものであること、② 本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約は、訴外熊岡において、業績を挙げることによる自己の栄進や訴外園川からの謝礼を目的として、貸倒れもあり得るとの認識の下に、最終決裁を了した上で締結されたものであること、③ 本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約について被告らに責任を追及しない旨の訴外熊岡の意向が訴外後藤を通じて被告らに伝わっていること、④ 原告の査定担当者においては、被告らの資力(担保とすべき土地建物を除く。)について必ずしも重視せず、これについて十分な調査をしていなかったことの諸点が明らかであり、他方、借主側においては、被告らと末広商事又は訴外園川との間には被告らが保証人的立場に立つべき特別な関係は見当たらず、被告らは担保としての土地建物が存することを信頼して名義を貸したという経緯が認められるところである。そして、これらの事情にかんがみれば、本件消費貸借契約及び本件連帯保証契約締結当時、貸主である原告において名義上の借主又は連帯保証人である被告らが返済することを真に期待していたとは評価し難く、また、借主又は連帯保証人である被告らにおいても(事実上の紛争発生の危険はともかく)真に返済することを想定していなかったものであるから、被告らの名義は、借主の信用その他被告ら固有の事情に基づき法的効果を帰属させるべく使用されたものというよりも、むしろ、原告内部の書類を整えるためにいわば訴外園川を表象する名称程度のものとして便宜的に用いられたというべきである。

4 右によれば、本件においては、原告と被告幸雄との間において形式的に本件消費貸借契約が締結されてはいるが、本件消費貸借契約は、民法一条に内在する禁反言の原則及び同法九三条但書の精神に照らし、被告幸雄に対して効力を生じないものと解するのが相当であり、同様に、被告愛子が名義上締結した本件連帯保証契約もその効力を生じる余地はないものと解されるから、被告らが、原告に対し、契約上の責任を負うことはないというべきである。

三よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官畑一郎)

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